

2026年9月3日
川崎市は京浜工業地帯の中核でもある日本を代表する産業都市で、その産業発展の端緒は明治39年の横浜製糖、後の明治製糖と明治製菓の進出です。
多摩川を工業用水として利用できるメリットが大きく、その後、東京電気株式会社(後の東芝)、鈴木製薬所(後の味の素)などが大正2年、3年にかけて続きました。
また、東京湾に面した臨海部の埋め立ても進み、その埋立地に、日本鋼管(現JFEスチール)、浅野セメント(現太平洋セメント)などが大正2年、大正6年に操業を開始しました。
日本の工業化の進展とともに人口も増加し、高度成長期には重厚長大産業の主要基盤エリアとして、日本の製造業を牽引しました。しかし、昭和期の終盤には製鉄業全体が低迷に陥り、以降このエリアでもその波に直面することとなりました。
JFEスチールは2023年9月、東日本製鉄所京浜地区の高炉など上工程※1を休止しましたが、これに伴い、扇島を中心とする京浜地区全体で約400haに及ぶ土地を次世代産業の拠点へ転換する計画が始動しました。
川崎市では、この計画を道路や港湾、エネルギー供給を含めた臨海部の構造そのものを更新する事業として、「100年に1度のビッグプロジェクト」※2と位置付けています。
開発の中心となる扇島南地区では、製鉄工場などの跡地、約222haを対象に土地利用転換が進められ、約70haを先導エリアとし、カーボンニュートラルエネルギー、港湾物流、高度物流の各ゾーンが配置されます。2028年度に一部土地利用開始、2030年度には先導エリアのおおまかな完成を目指し、地区全体は2050年ごろまで段階的に開発が続く計画※3となっています。
扇島は用地としては、これまで製鉄所として一体的に使われてきたため、既存インフラが一般利用を想定した形で整備されておらず、多くの事業者が利用できる街区へつくり替えるためには道路や上下水道、電力、通信といった基盤から整備し調整し直す必要があります。
次世代産業の中で、具体化が先行しているのは水素関連事業で、海外から液化水素を受け入れる「川崎LH2ターミナル」の建設計画です。オーストラリアから専用船で運び、受け入れ・貯蔵し、発電などに利用する一連の仕組みが、商用規模でも安定して機能するかを2030年度までに検証※4する予定です。
既存の大水深岸壁も、水素輸送船やRORO船※5などが利用できる公共バースへ転換する方針で、製鉄所専用岸壁から広域物流・エネルギー拠点への転用が図られています。
さらにJFEホールディングスと三菱商事は2026年4月、JFEが保有する出力19万kWの自家発電所と隣接地約5haを活用し、電力事業とデータセンター事業を一体化する基本合意書を締結しました。初期段階では6万kW(60MW)規模のデータセンターを2031年度に稼働させ、将来は数十万kW規模のデータセンター群へ拡張することも視野に入れています※6。
製鉄所が鉄をつくるために使ってきた土地、港、発電設備などを、水素関連事業とAI・クラウドを支えるインフラへ転用する構図で、高度成長期の産業資産を、次世代産業に必要なエネルギー源、インフラ、大規模用地として再利用する点が扇島開発の特徴と言えます。
また、同じ川崎区内の多摩川河口域の殿町の、新産業を創出するイノベーション拠点「キングスカイフロント」にはライフサイエンス・環境分野の研究開発施設が集積しており、こうした研究機関や企業集積と柔軟に連携を図ることにより、新たな産業構造の局面が生まれることも期待されています。
周辺地区では物流機能の増強が進行中で、東扇島ではESR※7が、敷地面積約6万6,000平方メートル、延床面積30万6,000平方メートルの大型物流施設を計画しており、2028年以降の竣工が予定されています。
東扇島には冷凍・冷蔵倉庫をはじめとする物流施設が集まっており、新たな大型施設が加われば、首都圏向け物流拠点としての存在感はさらに高まります。
一方で、東扇島と内陸部の水江町を結ぶ約3kmの臨港道路も建設中です。本線と、本線から一般道へ降りる出口側の接続道路(OFFランプ)は2028年頃、一般道から本線へ入る入口側の接続道路(ONランプ)は2031年頃の完成※8を見込んでいます。
これによって、川崎港海底トンネルなど既存ルートへの交通集中が緩和され、物流車両のアクセスを改善するとともに、東扇島の広域防災拠点と内陸部を結ぶ緊急輸送路としても期待されます。
また、川崎市は浮島の約93haに及ぶ1期埋立地についても、市街化区域への編入や民間活用を視野に入れた土地利用が検討※9されており、扇島、東扇島、浮島を一体的に俯瞰すれば、川崎臨海エリアの物流・産業用地と交通基盤を長期的に再編する動きとして見えてきます。
一方、横浜では約140haを埋め立てる新本牧ふ頭の整備が進み、港湾インフラが、物流、脱炭素エネルギー、データ関連事業を支える多様な基盤へ組み替えられようとしています。
2020年に始まった新本牧ふ頭の建設は、約140haを埋め立て、大水深・高規格コンテナターミナルと、流通加工機能を備えたロジスティクス施設を一体配置する計画※10で、2026年3月時点の計画では、第1期地区に約40haのロジスティクス用地、第2期地区に約50haのコンテナターミナル用地を整備することになっています。
国の事業期間は2019~2031年度で、これによって、岸壁は水深18m以上、延長約1,000mとなり大型化するコンテナ船に対応できるようになり、併せて新本牧ふ頭では、大型コンテナ船に対応するターミナルと、高度な流通加工機能を持つ物流施設との整備が一体的に進められ、貨物の荷揚げに加え、保管や仕分け、加工などをふ頭内で行えることによって、横浜港を利用する機会や貨物量を増やすことを目指しています。港湾と物流施設を近接させれば、コンテナの横持ち輸送を減らし、輸送時間やコストの削減も実現されます。
また、新本牧にコンテナ機能を増強する一方で、大黒ふ頭では従来のコンテナターミナルが自動車ターミナルへと用途転換されました。2022年には、大型自動車専用船がふ頭全体で11隻同時に着岸できるようになり※11、本牧、南本牧、新本牧にコンテナ機能を集約する一方で、大黒ふ頭は完成自動車輸送を担うという機能分担が進んでいます。
国の政策では東京港、川崎港、横浜港の3港を「京浜港」と総称し、国際コンテナ戦略港湾に位置付けています。3港はそれぞれ別の自治体が管理していますが、国際航路の維持や貨物の集約、港湾施設の機能分担では一体的な枠組みが構築されつつあります※12。
川崎の扇島では産業用地とエネルギー基盤の再編、横浜の新本牧では外航コンテナ物流の受け皿の拡張と、両者は別分野の開発でありながら、京浜港全体の物流処理能力と産業競争力を高める点で相乗関係にあります。
単なる工場跡地の開発や物流施設の大型化に留まらず、日本の製造業を支えてきた土地、港湾、発電設備を、次世代のサプライチェーン、脱炭素エネルギー、情報基盤に再構築する長期プロジェクトです。
※1 上工程=鉄鉱石から不純物を取り除き、加工しやすい「鋼(はがね)」の半製品(スラブなど)を作り出すまでの上流工程
※2 出所 川崎市「川崎臨海部 大規模土地利用転換」
※3 出所 川崎市「扇島地区基盤整備等推進計画」
※4 出所 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構2025年11月28日リリース
※5 RORO船=貨物を積んだトラックやトレーラーが、スロープを使ってそのまま自走して乗降できる貨物専用の船舶
※6 出所 JFEホールディングス「京浜扇島地区における電力事業とデータセンター事業を一体とした共同事業基本合意書締結について」
※7 ESR株式会社=物流施設、データセンター、再生可能エネルギー等への投資、開発等を手掛ける、世界トップクラスの不動産アセットマネジメント会社
※8 出所 国土交通省関東地方整備局「川崎港 東扇島~水江町地区臨港道路整備事業」
※9 出所 川崎市「浮島1期地区土地利用基本方針」
※10 出所 横浜市「新本牧ふ頭 事業概要」・国土交通省関東地方整備局「横浜港 国際海上コンテナターミナル再編整備事業」
※11 出所 横浜市「大黒ふ頭P3・P4岸壁及び荷さばき地の再整備が完了」2022年4月12日リリース
※12出所 国土交通省「新しい国際コンテナ戦略港湾政策の進め方検討委員会 最終とりまとめ」

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