サンフランシスコで三菱UFJフィナンシャル・グループが22階建てのビルを売り出していて、どのような値段が付くかが注目されています。ビル市場一般の空室増と金利上昇の中で大型ビルの売買がしばらく枯渇、今回の物件が「コロナ後で初の新価格」の取引となるのです。三菱UFJフィナンシャル・グループにはもうオファーが入っているはずです。
今回のビルは立地は申し分ないのですが、核となるテナントが抜けて空室率は75%、築50年弱でリノベに数十億円程度はかかりそうです。2019年時点の評価額は3億$(405億円)だったのですが、今回の予想価格は僅か6,000万$(81億円)と、2019年の評価額のなんと5分の1です。
このような激安価格が見込まれる特殊事情がサンフランシスコには二つあります。
一つは、同市はIT企業が非常に多く、これらでリモートワークが進んだ結果、市の中心部のビルの空室率の増加幅が全米でも飛びぬけて大きくなってしまった事です。
もう一つは市の中心部の治安の悪化です。ある高級スーパーでは、たむろするホームレスなどに店員が銃やナイフで脅かされたり消火器の泡を浴びせられたりし、1年強で568回も110番の出動要請をしました。似たような状況の店は他にも多く、「店員の安全を守れない」として閉店に踏み切っています。これではとてもオフィスへ出勤する気にはなれません。
それでも今回の405億円が81億円というのは余りにも低く見えます。このビルのような「大きな空室を抱えるビル」について、日本人とアメリカ人は見方が異なります。
日本でこの規模のビルの買い手となるのは不動産のプロかプロに準じた会社で、自分で空室を埋める自信があれば強気になるでしょう。昭和の時代は「空室は高い新規賃料で貸せるので空室がある方が好ましい/あっても問題としない」とする場合さえありました。
アメリカでは大型のビルを買うのは主に機関投資家やファンド等で、彼らが最も重視するのは「キャッシュをいくら生んでいるか」です。空室の営業は外部の商業不動産仲介会社へ委託する事が多く、ビルの購入検討時には保守的な計算をする傾向が見られます。
三井不動産はアメリカへの進出の初期、ロサンゼルスやニューヨークで大型の超高層ビル3本を取得しました。立地や市場・建物等を検討し、物件の潜在性を評価するという日本的な発想で購入したものです。石油メジャーや地銀大手の本社ビルでは本社の移転が決まっていて、この空室の見込みのためにアメリカ的な発想では買いづらいビルでした。
サンフランシスコよりははるかに軽傷ですが、ニューヨークでもコロナ下で、地下鉄の治安が悪化した時期がありました。乗客数が9割も減り、恐喝や嫌がらせが増えたのですが、今は乗客数が以前の7割程度にまで回復したので、この問題は最近は聞こえてきません。
アメリカのビル市場は二極化が進んでいます。金融市場も絡んで、当分は要注意な状態が続きそうです。
($=135円 2023年5月12日近辺のレート)
ジャパン・トランスナショナル 代表 坪田 清