オリンピックでは開催に向けて巨額の投資が行われます。これは不動産ビジネスにとっても短期的には明らかにプラスな訳ですが、中長期的にはどうなのでしょうか。
都市政策という観点からも近年で最も成功したのはロンドン(2012)です。メインスタジアムはロンドン東部のストラトフォード地区に置かれました。同地区はいわゆる「イースト・エンド」と呼ばれるイメージがよくない地域にあります。「イースト・エンド」という言葉には日本の「下町」とは異なり、軽蔑的なニュアンスが含まれることさえあります。
イギリス政府はオリンピックを起爆剤としてこの地区の底上げを図りました。スタジアムを中心に主要な競技施設を集めて整備し、「オリンピックパーク」としました。これが非常に効いて周辺には大企業やITスタートアップのオフィスや、大学、ミュージアムやシアターが移転、マンションも数千戸規模で供給され、今も各種の不動産開発が進んでいます。かつては人が行きたがらない地区だったストラトフォードは人気のエリアとなったのです。
これを「オリンピックの効果」と言うべきなのか、「(オリンピックに伴って実施された)インフラの集中投資の効果」と言うべきなのか、分けて議論をすべきだとする人もいますが、二つは区分不可能なもののようにも思われます。
ロンドンではオリンピック終了後に市域全体で住宅価格の大きな上昇が起きました。しかしこれはそれほど長続きせず、市場は2014年をピークとしてまず最も価格が高いクラスの住宅が売れ行きが停止、その後、本格的な価格下落が始まり、これが一般の住宅の不振にも徐々に波及していきました。2019年現在、ロンドンの住宅市場は不振の真っただ中です。
この不振の直接的な原因はスタンプ税(印紙税・不動産取得税に類似)の引き上げやブレグジット問題への懸念等です。しかしオリンピックがなかったらもっと激しい下落に陥っていたのかどうか、実験により検証するようなことはできません。
検証を行うとすると、数回以上のオリンピックについてその開催前後10年弱程度の期間の不動産市場の変化を調べ、さらにそれぞれの開催国における特殊事情を抽出、影響を排除した上で残った物がオリンピックによる影響だとする方法があります。
こういった分析により、ある研究者はオリンピックは不動産市場にプラスの影響を与えた国と与えなかった国があるとしています。興味深いことに、オリンピックを機とした都市インフラの更新に重きを置いたケースよりも、オリンピックをきっかけとして国の知名度を上げて観光客や海外からの投資の獲得を図ったケースの方が、不動産市場に対して中・長期的にポジティブに働いているとしています。
ジャパン・トランスナショナル 代表 坪田 清